「忘れられない患者さん」

私がここ、久我山で「松本整体」を開業してから二十年になります。 その間に本当に色々な方とめぐり合うことができました。 それらの方々には大きな感銘と勇気をいただいてきました。 その中で特に今でも忘れられない方が一人います。 三十台の沖縄の若者でTさんとおっしゃいました。

いつかそのかたの事を書こうと思っていましたので、私の思っていることの半分も表現できないかもしれませんが、今回は思い切って書いてみます。 私が開業してまだ四~五年しかたっていない頃のことでした。
父が出版した「こりと痛みと背骨の曲がり」という本をたまたま本屋さんで見つけて、私の所に予約してくださいました。 私の治療室を尋ねてくださったときのスタイルは、青い毛糸で編んだトルコ帽のようなものをかぶり、着物を着て、松葉杖をついて、靴は今までに見たこともない分厚いごっつい物を履いていらっしゃいました。 お名前をお呼びすると、松葉杖を入り口において、ハイハイで入っていらっしゃいました。その姿は、誰にも手助けをさせず、一人で生き抜いてきた強さみたいなものを感じました。

でも、まだ駆け出しの私は驚きで、「わたしにこの方を少しでも楽にしてさし上げられるかしら。」とすごく不安で胸がドキドキした事を覚えています。 彼の体は、右足が麻痺していて、左足も硬く、可動域は少なかったのですが何とか歩けるので、松葉杖に体を預けながら、右足をひきずって歩いていました。 ですから、杖を使わない時は、四つん這いで這うより仕方がないわけです。

普通なら、そこで、誰か他の人の手を借りるのでしょうが、彼の姿にはそういう事を拒否するような強い意志みたいなものを感じました。 問診をすると、二十代の頃、塀から落ちて、打ち所が悪く全身不随になってしまったそうです。 高いマンションから飛び降りても、たいした後遺症にもならず無事社会復帰できる人もいるのに、塀から落ちただけで、全身が動かない大変な状態になってしまう運の悪い方もいるものです。

問診の後、うつ伏せになっていただいて背骨を見せていただいた時、驚きと悲しさで涙が出そうになりました。お尻のほとんどが蓐瘡(床ずれ)の後遺症で表皮が無くなって、赤い筋肉の上に透明の皮が乗っているという感じの状態になっていました。
病院での扱いがひどかったことが想像できます。 受傷当時体中がほとんど動かない状態で、指さえ動かなかったと言っていました。ところがそんな彼の状態に病院はほとんど何もしてくれなかったそうです。 蓐瘡(床ずれ)がひどくなっていく中で、彼はこんな所にいたくないと思ったそうです。

それで、自分でビハビリをしようと決心して病院を退院してしまったそうです。 それからは、必死で自分でビハビリをし、今では、針でほころびを繕えるくらいに指先の麻痺は回復。体も何とか動かせるようになり、今は一人で暮らしているとの事でした。 Tさんは、3日か4日間毎日私の所で治療を受け、沖縄にお帰りになりました。

その間、ホテルに宿泊したいというので、体の状態を考えて治療室の近くの方がいいと思い、吉祥寺のホテルをお教えしたのですが、結局そこには泊まらず、伊豆の温泉に泊まったとおっしゃるので、「こんなに不自由な体なのに、そのエネルギーは何処から出てくるのだろう。」とびっくりしたものです。 着物を着ているのも、松葉杖をつくと両手がふさがるので荷物がもてないけれど、着物だと懐や袖の中に色々入れられるから便利なのだそうです。

靴も、引きずって歩くとすぐに破れてしまうので、自分でタイヤを使って靴を作ったとおっしゃっていました。 大抵の人は、全身麻痺になってしまった時点でほとんど絶望してしまって、誰にも頼らず、何としても一人で生きていかれるようになろうなんて思えないものです。治そうという気力を持ち続けること自体大変なことですし、動けるようになるかもしれないなどという希望を持ち続けることもできなくなってしまうものです。

それなのに、ここまでに回復した彼の姿は、私なんかが想像できないほどの壮絶な努力と強い意志の結果で、ひとりで生活できるだけに機能を回復させることができたのです。

私は、ただ、ただ頭が下がる思いでした。 私の力は、彼の前では本当に無力で、彼の足がほんの少しだけ動きやすい状態にしてあげる程度のことしかできませんでした。 しかし、彼から私はものすごい人間の生き様を教えてもらいました。 これは私の一生の宝物です。 彼は、毎日見ている沖縄の空は怖いと言って、飛行機には乗らず、船で沖縄まで帰りました
あれ以来、Tさんとの音信はありませんが、わたしは彼の事をたびたび思い出しては、「どうぞお元気で。」と願わずに入られません。

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